2015-01-01から1年間の記事一覧

喜びとは、年々深まっていくもの

今日の黙想 詩編126編「涙と共に種を蒔く人は 喜びの歌と共に刈り入れる」5節この詩編はおそらく、イスラエルの民がバビロン捕囚から戻ってくるときのことを歌った歌なのだろう。「主がシオンの捕らわれ人を連れ帰ると聞いて わたしたちは夢を見ている人…

「ハレルヤキッズ」2回目

先週に引き続き、今週も「ハレルヤキッズ」でした。先週は紙飛行機大会で、今週はかみすもう大会これでも、お金をかけず、みんなで楽しめるプログラムを工夫しているんですよ。二回とも、2年生の息子の友達が来てくれました。もう、それだけで嬉しいことです…

主の囲い

今日の黙想 詩篇125主に依り頼む人は、シオンの山。揺らぐことなく、とこしえに座る。 山々はエルサレムを囲み/主は御自分の民を囲んでいてくださる/今も、そしてとこしえに。 主に信頼する者の幸い。 それは、山のように、揺らぐことなくそこに座っていら…

大往生ではなく

今日、ある方の葬儀に出席96歳で天に召された。一般的には大往生というのかもしれない。でもその方は亡くなる前、病院を訪問した牧師さんに「もっと楽に天に行けるのかと思っていたけれど、そうはいかないんですね。茨の道を通らされています」といわれたと聞…

なんで礼拝にいくの

教会の礼拝から人が減っているとよく聞くけれども自分がなぜ日曜日に礼拝に行かなければならないのか、その理由と必要を、わかりやすく伝えなければ人は礼拝をするために時間をつかわないよね。日曜日に家で寝ているより家族で出かけるより好きな趣味をする…

「わたしたちのためにうまれるお方」(花小金井キリスト教会2015年11月29日主日礼拝メッセージ)

イザヤ書8章23節〜9章6節昨日は、ここで子ども会をしたんです。「ハレルヤキッズ」と、2年生の息子が命名しまして、昨日は二人友達も連れて来てくれました。この高い天井の礼拝堂で、子どもたちと、紙飛行機を飛ばしたんですよ。聖なる礼拝堂で、紙飛行機。…

「ハレルヤキッズ」

今日と来週は、教会で子どもたちと遊ぶ、「ハレルヤキッズ」初回は、息子の友達二人や、通りがかりのお母さんと二歳の男の子などが来てくださいました。天井が高い会堂で、紙飛行機大会。楽しかったです。教会に初めて来てくれたこどもたち。イエスさまのこ…

「主を待ち望む」

主イエスの降誕を待ち望むアドベント(待降節)を迎えます。 ところで現代は、何かを「待つ」という機会が少なくなりました。 インターネットで注文すれば、欲しい物は翌日には届く時代です。 「時は金なり」とばかり、人は、待たせないサービスを選んで、お…

後見人制度

市が企画した、後見人制度の学習会に参加しました。介護保険制度と同時に出来た、後見人制度認知症などで、自分の財産の管理が難しくなった人に代わって、家庭裁判所に申し立て、財産管理をする人を後見人として、立てることができる制度。説明会では、司法…

変えられるものを、まず変えよう

自分には変えられないものを変えようとするから人はいらないストレスを抱えるんです。過去も周りの人も状況も、自分には変えられないと認めましょう。でも、自分自身が、その状況をどのように受け止めてどのように行動するのかは、いくらでも変えることが出…

「恋人たち」

天と地は、やっぱり触れ合っていて地に生きる日常の倦怠と不条理と絶望のそのすぐそばにビルの隙間からふと垣間見える青く澄み渡った空のごとく天はすぐそばにいてくれることに気づけたら今日も、生きていける

「話して聞かせなさい」(主日礼拝2015年11月22日主日礼拝メッセージ)

主日礼拝151122ルカ8章26節〜39節 今日はわたしたちの花小金井教会に、新しい仲間が与えられる。Nさんが、神の家族に加えられるという、神さまの出来事を、共に体験いたしました。出会いは不思議ですね。だれかと出会いたくても、出会いはコントロールできま…

問題解決と祈り

「祈ったところで現実は少しも変わらないではないか、それよりは具体的行動を起こすことこそ祈りではないか、とよく批判されます。 しかし、これは祈りに対する誤解であります。 祈りは問題解決の手段ではなく、問題の渦中で自分が失われないように自分を守…

自分に向き合う

当たり前のことですけれども、 自分の顔を自分の目で直接見ることはできません。 自分の顔に何かついていることに最初に気づくのは、自分ではなく自分を見ている他の人です。自分のことは自分が一番分かっていると思いがちですが、実は自分自身を知ることも…

心を込めて、今日

もし、今日が地上の時間の最後の日であっても、 なにも特別なことや、経験を求める必要など感じない 心を込めた日常を 今日の日も生きられますように。

言ってもらえる人

だれかと議論をして、 批判や、問題を指摘されることは、 自分が持っていなかった知識や視点への、気づきをあたえられることなのだから、 実はそれは、尊い価値を、手に入れるという、営みなんです。 ところが、自分の意見を批判されることについて、 それが…

1ミリだけでも

やれない理由を探す時間があったら 今日、一ミリでもやってみること 祈ること 聖書をよむこと だれかに福音をかたること 愛すること、赦すこと 神の国のために、今日できることを

喜びと楽しみ

楽しみはお金があれば買えるけど 喜びは決してお金では買えない 喜びは、 苦しみのなかに隠されている 宝のことだから

祈りと愛

少ししか愛せないのは少ししか祈らないから

「収穫の主に願う」(11月15日世界祈祷週間礼拝メッセージ)

マタイによる福音書9章35節〜38節 今日は、八王子めじろ台教会のみなさんと御一緒に、世界祈祷週間の礼拝を、共に捧げさせていただく恵みに、感謝です。日曜日の午前中に、たいていの教会は礼拝をしますから、なかなかほかの教会の礼拝に出席することはでき…

前進

「いまから2 年、10年、あるいは20年後に、 私たちはどこにいるのか知らない。 しかし分かっていることは、人間は苦しむものであり、 その苦しみを分かち合うことにより 前進することができるということである」「傷ついた癒し人」ナウエン p.137

霊の運動

体の健康にも日々の運動が欠かせないように心の健康にも祈りと黙想の積み重ねが必要体のための運動が体操なら、魂のためのものは霊操霊操を、ひとりで続けるのは難しいので教会には祈祷会という時間がある共に聖書の言葉を黙想し、霊的な体操、ストレッチを…

「みること、みられること」

相手の顔を見て話せないのは、恐れがあるから顔を見て話してもらえないのは、恐れを与えているから見ること、見られることは愛すること、愛されること。「パパ、ママ 見て」と、小さな子が親に願うように。人は、見られることで、承認と愛を感じて安心し、人は…

砂漠にも命の種は宿っていた

先週、岩波ホールで観た「光のノスタルジア」 監督はパトリシオ・グスマンチリ・アタカマ砂漠。標高が高く空気も乾燥していて、天文観測拠点として世界中から天文学者たちが集まるところ。一方、ピノチェト独裁政権下で政治犯として捕らわれた人々の遺体が埋ま…

コンパッション

「教会は、しばしばわたしたちを深く傷つけます。宗教的権威を持った人々が、言葉や態度、命令などで、わたしたちを傷つけることがよくあります。宗教が生と死の問題にかかわるものだというまさにその理由のために、宗教的に繊細な感受性をもつ私たちは、い…

幸いな人

昔、聖書教育誌に書いた原稿など、すこしアップしてみましょうかね。 詩篇1編からの、子どもメッセージです。 1 いかに幸いなことか/神に逆らう者の計らいに従って歩まず/罪ある者の道にとどまらず/傲慢な者と共に座らず 2 主の教えを愛し/その教えを昼…

川内と書いて「せんだい」と読む場所

鹿児島県には、川内とかいて「せんだい」と読む地名があるんですね。その地にある川内(センダイ)バプテスト教会の牧師さんは、川内(かわち)牧師今回、鹿児島地区の教会によびかけて、私を集会に呼んでくださった方です。地名とおなじお名前なので、てっ…

枕崎と伊集院にて

今日は8時半に伊集院を車で出発1時間とちょっとかけて、鹿児島の突端、枕崎へ九州に台風が上陸する玄関口なので、台風上陸の際には、ここの港の映像がテレビで使われる、そんな場所。日差しが眩しく、暑い。ああ、冬の背広を着てきてしっぱいしたな。さすが…

妙円寺詣りのゴールは「徳重神社」

宿泊している日置市伊集院では、24日、25日に鹿児島三大行事といわれる「妙円寺詣り」があるんです。関ヶ原で負け、敵中突破をして薩摩に帰ってきた島津義弘を忍ぶ形で義弘の 菩 提寺である、「妙円寺」に詣る行事なのだそうです。今朝早くおきて、そうだ「…

西郷さんと聖書と庄内

鹿児島にある4つの教会でお話をするために、鹿児島に来ています。もうすぐ11月なのに鹿児島は、まだ暑い (>顔合わせの前の数時間。時間があったので、鹿児島市内観光。 実は酒田にいた時から、鹿児島に行くことがあったら行ってみたかった西郷さんの遺品や資…