真面目 再考

「あの真面目な人が、どうしてこんなことを?」っていわれるような出来事が起こるたびに思うんだよね。

 

「あの真面目な人だから、そうなるんだよ!」って。

 

そもそも「真面目」って評価は、周りの人がするものだよね。

 

周りの人が「真面目」な人を求めるので、その「真面目」を演じているけれども、本当の自分は、人が期待するような「真面目」な人間じゃないことなんて、いくらでもあることでしょう。

 

「真面目」って言われる状態が、まず幻想なんじゃないかな。

 

そもそも、それはどういう状態のことをいっているんですかね。「真面目」とは。

 

「誠実」とか「実直」とか、そういうことすか?

 

「几帳面」とか「神経質」な人も、「真面目」っていわれたりしますよね。

 

TPOをわきまえて、敬語を使ったり、目上の人を立てたりする人も、「真面目」な人といわれたりすることも。まあ、いろいろです。

 

結局、よくわからないのに、イメージだけで、「あの人は真面目だ」っていったりする。

そして、そのよくわからないイメージに縛られて、人は「真面目」を演じつづけてしまうこともある。

 

人から、「変な人」って思われるより、「真面目な人」って思われた方が、断然いいに決まっているからね。

 

でも、そうやって一日演じ続けて、家に帰って一人になったときだけ、もう「真面目」を演じなくていいと、ホッとするのかもしれない。

そんな人、多いんじゃないでしょうか。

そんな「真面目」って、いったいなんなのだろう。

 

まさか、生まれつき「真面目」な赤ちゃんとかいないよね。自由奔放に生きているのが赤ちゃん。

 

でもいつのまにか、みんな「真面目」といわれる振る舞いを始める不思議。

 

そんな「真面目ちゃん」にとって、ありのままの自分を生きている「不真面目ちゃん」は、光輝く存在に見えるのかもしれない。

 

そういうことで、「あの真面目な人が、どうしてこんなことを」っていうことが起こるのは、なにも不思議なことではないのだと思う