山形教会の杉山牧師とご相談しつつ、わたしの転任のあいさつと、4月からの集会の案内文を、ご近所や関係した方々に配り始めています。
最近も、ご近所のご婦人とスーパーであったとき、「のぞみ教会はどうなるんですか」と聞かれて、
「ああ、教会に来られていないけれど、気にしてくださっているんだ」って、思ったからです。
開拓ですから、教会の礼拝に来るクリスチャンの方は少ないですけれども
そのぶん、
子ども会や、ママの会や、子どもの居場所や、個人的な相談や、
そんなことごとで、教会の周りの人たちのほうが、この場所にきていたし、
わたしたちも、そんな教会の周りの人たちのためにお祈りしてきたので、
ある意味、教会員のための教会じゃなくて、
この地域のための教会。この地域の人々のために、具体的に祈る教会。
地域の教会でありたいって思ってずっとイメージしてきたんです。
この度、地域のいろいろな方々とお別れのあいさつをするたびに、
さびしいとか、残念ですとか、悲しまれてしまい、
もちろん、社交辞令もあるとはおもうけれども、
なんだか、この地域の教会だったのに、もうしわけない、という気持ちになるんです。
教会って、つい、自分たちのため、
自分たちの活動のため、組織のため
また、遠くの人々を覚えて、お祈りすることが多いけれど、
本当は、その場所でしか出会えない人、顔をあわせられない人のために、
祈るようにと、神さまはその場所に招いて、
出会わせてくださっているわけなんですよ
って、実にあたりまえのことに、
この酒田に来たおかげで、やっと気づいたんです。
ああ、はやくこの地域のために、次の牧師さんが、与えられますように。