2023年広島のG7の声明文の要約


1.相互に有益なパートナーシップと持続可能な価値チェーンの推進: G7は、経済リスクを削減し、持続可能な開発を確保するために相互に有益なパートナーシップと持続可能な価値チェーンの推進を優先事項としています。低所得と中所得の国々が供給チェーンにより重要な役割を果たすことを支持し、その多様性と地元での価値創造を推進しています。

2.サプライチェーンの強化: COVID-19のパンデミックとロシアのウクライナ侵略により、世界中のサプライチェーン脆弱性が露呈しました。G7はサプライチェーンを強化するために、信頼性、多様性、セキュリティ、持続可能性、信頼性を基本原則として掲げています。

3.重要なインフラのレジリエンスを強化: G7は、ICTエコシステムを強化するプロジェクトを歓迎し、信頼性のあるベンダーと供給者の多様性を支持しています。

4.国際ルールと規範を脅かす害悪な行為への対応: G7は市場外政策と実践、経済的な強制力、デジタル空間での害悪な行為、そして平和と安全に対する脅威をもたらす可能性のある技術の流出を含む一連の問題に対応しています。

5.国際標準設定に関する協力: G7は技術標準の重要性を認識し、開放的でボランタリー、合意に基づいた標準の開発を共同で支持しています。

6.国際平和と安全への脅威に対応: G7は、開発された最先端の技術が国際的な平和と安全を脅かす軍事能力の増強に使用されないようにする責任と決意を共有しています。これに対応するため、各国の状況に応じた輸出と投資に関連したさらなる行動をとることを約束しています

ローマの信徒の手紙1章26節から27節から、同性愛を擁護する解釈があれば教えてください

ローマ人への手紙1章26節から27節について、同性愛を擁護する解釈も存在します。この解釈では、パウロが非難しているのは、同性愛そのものではなく、その当時の特定の文化的状況や性的放縦を指しているとされます。

一部の神学者キリスト教徒は、次のような観点からこの箇所を解釈しています。

文脈: ローマ人への手紙1章の主題は、異教徒の罪についてであり、パウロが特に異教の神に対する拝礼や偶像崇拝を批判しています。この解釈では、パウロが言及している同性的行為は、偶像崇拝に関連するものであり、現代の同性愛関係とは異なるとされます。

自然と反自然: パウロが使用している「自然」(φύσις, physis)と「反自然」(παρὰ φύσιν, para physis)という用語は、彼が非難している行為が当時の社会規範や一般的な慣習とは異なるものであることを示しているとされます。この解釈では、パウロが批判しているのは、異性愛者が自分の本来の性的指向に反して同性的行為を行うことであり、同性愛そのものを否定しているわけではないと考えられます。

罪の例示: この箇所では、パウロが異教徒の罪を例示するために、同性的行為を挙げていると解釈されます。ただし、同性的行為は他の罪と同様に扱われており、特別な地位を持っているわけではありません。

これらの解釈は、同性愛そのものを罪と見なさず、異性愛と同性愛の両方の関係において、愛と誠実さが重要であるという立場をとります。ただし、キリスト教徒や教派によっては、これらの解釈に異論を唱える者もいます。最終的に、聖書の解釈は個々の信仰や教派によって異なります。

2023年4月9日イースタ―メッセージ「恐れることはない」マタイ28章1節~10節

聖歌隊の「ハレルヤ」の賛美が、会堂いっぱいに響き渡りました。

花小金井教会には、日常的な聖歌隊というものはないのですが、時折このような力強い聖歌隊が、パッと現れては、あとくされなく消えていく、不思議な教会ですね。

人間の思いや願いをこえて、神の自由な聖霊の風に吹かれて、生まれてくる新しい命の躍動がある。

 今、高らかに賛美された「ハレルヤ」は、ヘンデルの「メサイア」という、全曲を演奏するのに2時間半もかかるオラトリオのなかの一曲です。

十字架に死なれた主イエスは復活し、やがて終わりの日に、全能の王として、この世界を治める希望を、力強く、高らかに「ハレルヤ」と賛美する歌です。

 

この復活の喜びあふれる、イースターの礼拝にだけは、与りたいと、久しぶりに会堂にこられたかたもおられることでしょう。感謝です。

教会の入り口に植えられている、ハナミズキも、今朝、真っ白な花を咲かせて、このイースター礼拝を祝福してくれています。

また、先ほどは、教会にあらたに一人の方をお迎えすることができました。

それもこれもみな、だれかが計画したことでも、願ったことでさえなく、ひとの思いをこえてはたらかれる神様のお働き。

 

つい、先週までは、この会堂の正面に紫色の垂れ幕がされ、一か月以上に渡って、十字架に向かうイエスさまの、その受難の苦しみの姿を、ずっとわたしたちは見つめ続けてきましたのに、

その垂れ幕が突如「金色」に変わり、牧師のネクタイも白くなり、この会堂全体の雰囲気が、まったく明るく変わってしまったのです。

この変化は、わたしたちの信仰に基づいているのですけれども、よくよく考えてみれば、実に驚くべきことではないかと、思うのです。

 

福音書によれば、最初のイースターの日の数日前の金曜日。主イエスは十字架につけられ、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と、叫びつつ、死んでいかれたばかりなのです。

その絶望的な死を、イエスさまに従ってきた、女性の弟子たちは、遠くからじっと見つめていました。

このとき男の弟子は、全員イエスを見捨てて、逃げ隠れていたわけです。

十字架の上で息絶えたイエスさまの体は、岩をくり抜いた墓に丁寧に納められました。

それをしたのは、アリマタヤのヨセフという、表立っての弟子ではなく、隠れてイエスさまを慕っていた人でした。

 

いつも前面に出て目立っていた弟子たちが逃げ去り、むしろ隠れてイエスさまを慕っていたこのヨセフが、大切な働きをしていることも、意味深いことです。

神さまは、どのような人であれ、自由に用いられて、その働きをなさるのでしょう。

このヨセフがいてくれたおかげで、主イエスの遺体は、他の死刑囚の遺体と一緒に、一つの穴に投げ込まれずに済んだからです。

ヨセフはイエスさまの体を、きれいな亜麻布に包んで、新しい墓に葬り、墓の入り口は、大きな石で塞がれ、ローマによって封印されてしまいました。

この埋葬の様子を、最後まで見まもっていたのも、イエスに従ってきた女性たちでした。

マグダラのマリアと、もう一人のマリア、おそらく母マリアとおもわれますが、彼女たちはそれを見守りつづけ、埋葬が終わった後も、「墓の方を向いて座っていた」と、マタイの福音書に記されています。

 

彼女たちは、どのような思いで、墓を見つめて座っていたのでしょう?

 

わたしは数年前に、ひとり暮らしの父を、突然死で失いました。

警察から携帯に連絡が入り、駆けつけた病院で、医者や警察への対応、家族への連絡、葬儀をどうするかなど、次から次へとしなければならないことに襲われてしまい、

涙を流して悲しむような、感情が湧いてくるまもなく、嵐のように過ぎ去る時を、経験したことがあります。

 

主イエスの十字架の死と埋葬の出来事も、おもえば突然の嵐のような出来事であり、木曜日の夜に、突然とらえられたイエスさまは、次の日の金曜日には、十字架につけられ、午後になくなり、夕方には葬られてしまったのです。

 

あれよあれよという間に、愛する人は、墓の中に葬られてしまった。

エスさまを慕っていた女性たちの心、彼女たちの感情は、この嵐のような出来事に、追いついていけたとは、とてもおもえない。

 

わたしたちは、今日のイースターの礼拝を迎えるまで、長い時間をかけて「レント」「受難節」という時間を持つことができたので、心の備えと準備をもって、十字架を受け止め、そして今日、このイースター礼拝を迎えていますが、しかし、世界で最初のイースターの朝、復活のイエスさまと出会うことになる、彼女たちには、そんな心の準備をするような余裕など、まったくなかったはずだ、ということは、心に留めておきたい。

 

人生には、三つの坂があるのです。上り坂、下り坂、そして「まさか」です。

わたしたちは、いつも、心の準備をして、ことに望めるわけではありません。

喜びも、悲しみの出来事も、多くは、突然やってくる。

その出来事に、「心」「感情」が、追いつかないことは、いくらでもある。

 

エスさまの死と埋葬の出来事は、それをずっと見守った女性たちにとって、そういう出来事であったはずです。

彼女たちは、十字架にしなれたイエス様を見上げつつ、ハレルヤコーラスの練習をして、イースターの日の準備をするわけにはいかなかった。

嵐のような出来事によって、イエスさまが葬られてしまった、その墓の前で、二人のマリアは、ただ呆然と、座りこむしかできなかったはずなのです。

 

そのような、この世界に突然引き起こされる、理不尽な出来事、暴力は、去年突然始まった、ウクライナとロシアの戦争であれ、いまだに続いている、ミャンマーアフガニスタンなどの、暴力的な軍事支配であれ、そのような理不尽な暴力をまえに、わたしたち一人一人は、ただおろおろと、座り込むしかない、弱いものであることを、痛感させられるのです。

 

このとき、男の弟子たちは、みんな逃げ去ってしまいました。

エスさまを殺害した権力者たちへの、テロを計画したり、弔い合戦をするような弟子たちではなかったのです。

女性たちはなおのこと、この圧倒的な暴力の前に、無力のまま、墓の前にすわるしかなかった。

 

エス様が墓に葬られた時。

彼らの希望は、すべて潰えてしまった、終わってしまったはずだったのです。

この全くもって、無力な弟子たち、女性たちの集まりには、この絶望的な状況を変えて、2000年後に「ハレルヤ」コーラスを歌わせるような、力など、全くなかったのです。

 

あの、イースターの朝がくるまでは。

 

  • 墓で起こった出来事

 さて、墓の前に座り込むしかなかったマグダラのマリアともう一人のマリアは、一旦家に戻り、安息日が明けた日曜日の朝、もう一度、イエスさまの葬られた墓を、見に行った。

 

それが、先ほど朗読された箇所になります。

 

墓を見に行ったところで、墓はローマ兵によって封印され、中に入れるわけではありません。

ほかの福音書では、イエスさまの遺体の手入れをしようと、女性たちが香油をもって出かけたと、記されています。

 

いずれにしろ、彼女たちの力では、墓の中に入れないのだから、無駄足になる行為です。

ちゃんと頭で考えて、どうやったら封印を解いて、重い墓石を動かすことができるか、男の助けを借りるなどして、準備をしていかなければ、意味がない。

 

でも、それでも、番兵が墓を見張っていたのだから、なにもできなかったはずなのです。

何を計画しようと、この状況をひっくり返すことは不可能。

どうにもならない現実が、ただ目の前に横たわっていた。

ところが、それでも、彼女たちは、墓に向かった。

 

彼女たちの行動は、頭の中の理性を越えた、心の思い、感情に突き動かされたものとしかいえません。

失礼ですが、よく物事を考えた末の行動とは思えません。

明らかに、無駄足になることは、ちょっと考えれば、小学生でもわかる状況です。 とうじ小学生はいませんが・・・

 

しかし、聖書に登場する、神の奇跡を経験した信仰者たちは、

彼女たちのように、自分の頭の中だけで考えて、これは無理だ、意味がないと、結論を出して、行動をやめてしまう人々ではありませんでした。

行き先わからず旅立った、アブラハムも、おことば通り、この身になりますようにと、主イエスを身ごもったマリアも、

そして、封印された墓へと向かった女性たちも、自分の頭の中だけで考えては、無理だ、意味がない、ありえないと、立ち止まってしまう人たちではなかったのです。

彼女たちは、こんなことして何になる、無駄足になるだけだと、頭の中で、そういう考えが浮かんだとしても、ただ墓を見に行きたい一心で、出かけていったことで、復活のイエスさまと出会うことになるのです。

 

彼女たちが墓に行くと、「大きな地震」が起こり、「主の天使が降って、墓を塞ぐ石が転がし、石の上に座る」という出来事が起こったと記されます。

「大きな地震」は、これから起こる出来事の重要性が暗示されています。

人間にはどうにもできない地面が、神によって揺れ動かされる。

そして、主の天使があらわれ、墓石を転がし、その上に座った。

これはすべて、神による出来事が起こっていることが象徴された表現です。

 

この神の出来事に遭遇した番兵は「恐ろしさのあまり、震え上がり、死人のように」なりました。

旧約聖書において、直接神と顔をあわせるものは、滅ぼされなければならないといわれていた、聖なる神との遭遇の様が、

番兵が恐れたという表現で、描かれるのです。

 

この想定外の、圧倒的な神による出来事の中から、響いてきた上からの言葉。

天の使いが告げる一言は、こうでした。

 

「恐れることはない。十字架につけられたイエスを探しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。」

この、人間の想定を超え、神の側から響いてくる「復活宣言」。

この上からの「復活宣言」を伝えることこそが、マタイの福音書の重要なポイントなのです。

 

「あの方は死者の中から復活された」

人間の妬み、理不尽な暴力によって、十字架につけられ、死なれたイエスを、

神は復活させた。

 

この「イエスの復活」は、女性たちの心の中によみがえったというような、幻想や幻の話ではなく、

人間が、神のように高慢になり、理不尽な暴力をもって、他者を支配し、勝ち誇ったように見える現実さえも、神は、十字架に死に、墓に葬られたイエスを、復活させ、人間の罪の企みを、ひっくり返される、希望の宣言です。

 

神は、人間の高慢と罪のゆえに、十字架に死に、墓に葬られたイエスを復活させ、目に見えないイエスとともに、愛に基づく新しい世界を、ここから始めてくださったのです。

 

その愛の神の国は、やがて終わりの日に、完成に至る。

今は、まだ暴力的な支配という、罪が、国と国の間で、家庭の人と人との間で、悲しみをもたらしているとしても、イエスの墓の前に座るしかなかった、マリアの失望を、わたしたちも味わう日々が、まだ続くとしても、今日、二人のマリアが聞いた、天から響く「復活宣言」を、わたしたちも、この礼拝において、心新たに聴きとりましたから、喜びに溢れて、ここから新しい出発をしたい。

 

この「あの方は、死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる」といわれた、この希望の言葉を、わたしたちへの言葉として受け止めて、歩み出したい。

 

この「宣言」をきいた彼女たちは、恐れながらも、大いに喜び、走り出しました。

神をただ恐れているだけでは、前に進むことはできません。

復活のイエスとの出会いは、わたしたちに前に向かって走り始める、喜びを与えてくれるのです。

前に走り始めた彼女たちの、その行く手に、復活のイエスさまは立ち現れ、「おはよう」といわれました。

 

これは「喜びなさい」という意味の言葉です。

復活のイエスとの出会いは、失望していたわたしたちの心に、霊的な「喜び」を与える、神の奇跡であります。

 

二人のマリアは、イエスさまの足を抱き、その前にひれ伏します。

「ひれ伏す」と訳される言葉は「礼拝」という意味の言葉です。

復活宣言を聴き、失望を越えた霊的な「喜び」を知った人は、

その喜びを与えてくださる、主イエスを「礼拝」する人となる。

 

そして復活のイエスは、逃げ去ってしまった弟子たちを、見捨てることをなさらなかった。

十字架の時も、埋葬の時も、顔を出すことなく、逃げ隠れていた弟子たち。

愛する人を見捨て、裏切ってしまったその罪さえも、主イエスは責めることなく、彼らを「兄弟」と親しく呼んでくださるのです。

 

彼らの罪は、すでに赦されている。そのためにイエス様は十字架に死なれたのだ。

それゆえに、イエスさまは言われます。

「兄弟」よ、最初に出会った、あのガリラヤで、再会しようと。

罪赦されているものとして、新しく出会おうと。

先に行ってガリラヤで待っているといわれる、復活の主イエス

すでに先に行っておられる復活のイエスの招きに応えて、

わたしたちも、それぞれのガリラヤへと、ここから出発いたしましょう。

復活の主が待っておられる、わたしたちの自由なガリラヤへと。

「叫び続ける人々」2023年3月26日主日礼拝

●序

 おはようございます。こんにちは、こんばんは。

3月の最後の日曜日。桜雨(さくらあめ)の朝となりました。

なぜ神さまは、ちょっとした雨では散らないように、強い桜の花びらにしてくださらなかったのかと、思わなくもありませんが、

はかなく散ってしまうからこそ、散るまでのみじかい時間が、永遠の価値をもつとも、いえるでしょう。。

死にゆくいのちを、みつめることは、辛いことですが、

わたしたちの罪のために、十字架の上に、そのいのちを散らされていく、イエス・キリストの受難の歩みから、

わたしたちは目をそらすわけには、いきません。

それは、わたしたち自身が、できれば見ないでいたかった、自分自身のなかにある、罪に深く目を向けることであるとしても、

そうであるからこそ、その罪を赦そうと、神の御子が、罪の苦しみをその身に受けていかれた、神の愛とあわれみの姿を、今日もともに見つめ続けたいと、願っているのです。

 

さて、先ほど朗読された、イエスさまの受難の時期には、イエスさまが最後のところで、鞭うたれたと記されるだけで、イエスさまの言葉は、一言も記されない箇所となります。

ただ、イエスさまを巡って、人間の言葉だけが飛び交っていく箇所なのです。


登場するのは、ローマに捕らえられていたバラバ・イエスという人、そしてローマ総督ピラトと妻、そしてユダヤの祭司長や長老たち、最後にユダヤの群衆たちになります。


最初に、この箇所に至るまでの話の流れを、みじかく辿っておきます。


先週の礼拝で読まれた箇所は、ユダヤ権力によって捕らえられたイエスさまが、ユダヤ議会の不正裁判によって、死刑判決を受けるという出来事でした。


しかしローマの支配下にあるユダヤ議会は、ローマの許可を得なければ、イエスの死刑を執行することができない。

ですから、ユダヤ議会は、ローマの地方総督ピラトに、主イエスを死刑にするようにと訴えました。そして、総督ピラトによる、イエスへの尋問がなされていく。

その尋問の際には、ユダヤの長老たちが、イエスに不利な証言をするのだが、イエスは、それに一言も反論なさらない。

このイエスの姿にピラトは驚くとともに、同時に、これは激しく訴え続けている、ユダヤ指導者たちの「ねたみ」によることであると、見抜くのです。

そのことは、18節に記されていました。


ピラトはわかっていたのです。イエスを死刑にせよ、と訴えている指導者側が、偽りを言っていることを。そして、今、目の前で、何も反論も弁明も語ろうとしない、イエスという男には、実は、なにも罪のないことを、ピラトは悟っていた。


しかしそのピラトは、自分自身の心の良心に従い、イエスを解放しようとはしませんでした。

そうではなく、ユダヤの群衆に、その大切な判断を丸投げしてしまうのです。


それが今日読まれた聖書箇所に記されている出来事です。


その箇所を、もう一度読んでみます。

 

★15節~18節(スライド)

27:15 ところで、祭りの度ごとに、総督は群衆の希望する囚人を一人釈放することにしていた。

 27:16 そのころ、バラバ・イエスという評判の囚人がいた。

 27:17 ピラトは、人々が集まって来たときに言った。「どちらを釈放してほしいのか。バラバ・イエスか。それともメシアといわれるイエスか。」

 27:18 人々がイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。

 


繰り返しになりますが、大切なことなので、もう一度申し上げます。


ピラトはわかっていたのです。イエスを死刑にせよ、と訴えている指導者側が、「ねたみ」によって、偽りの証言を行っていることを。

そして、その偽りの証言に、何一つ弁明せず、沈黙を守っているイエスという男には、死刑になるような罪などないことを、ピラトはわかっていた。

 

しかしピラトは、イエスを解放することができる、力ある立場にいながら、自分の良心にしたがって、真実を行うのではなく、

群衆に選ばせ、群衆の機嫌をとることによって、総督としての自分の立場を守るという選択と行動を取ったのでした。


それはある意味、ローマの地方総督という立場を勝ち取ってきた、政治家ピラトにとって、当然の判断だったともいえます。


もしここで、自分の良心に従って、イエスを解放してしまったりしたら、ユダヤ議会と、ユダヤ群衆は反発し、社会の秩序が混乱し、ローマ総督としての評価を落とすことになると、ピラトは計算したに違いないからです。


そういう「計算」ができる人だからこそ、ピラトはここまで出世し、権力と立場を手に入れてきたはずだからです。

 

そういう意味で、このようなピラトがしたような判断は、いつの時代であろうと、権力と力を手に入れてきた人々にとっては、心当たりのある判断でありましょう。


なにが正しく、真実であるのかを、実は知ることができる立場なのだが、その真実に基づいた判断を選択すると、今度は、自分自身の立場が危うくなってしまうときに、

自分の心の良心、その本心にふたをしてしまえる人が、いわゆる組織において上に登ることができる人々であることを、このピラトの姿は、示しているのではないでしょうか。


独りの真実より、沢山の人間から指示される偽りによって、自分の立場とポジションを守ってしまう。


いや、むしろ正しいこと、真実などと、青臭いことを言っていたら、この社会では生き抜くことなどできないのだと、開き直ってさえいく。


この神を見失い、真実を見失った、偽りに満ちた社会のなかで、だれもが生き残るためには、本心にふたをし、妥協し、開き直りながら、目の前の生活を守っていきている。

「きれいごとだけでは、生きられない」と、自分自身に言い聞かせながら。


そういう意味で、今もピラトという人は、わたしたちの心の中に、生きつづけているのではないでしょうか?

 

さて、そのピラトに、彼の妻が不思議なことを告げました。

★19節(スライド)

27:19 一方、ピラトが裁判の席に着いているときに、妻から伝言があった。「あの正しい人に関係しないでください。その人のことで、わたしは昨夜、夢で随分苦しめられました。」


このピラトの妻の伝言という、不思議な記述は、マルコ、ルカ、ヨハネ福音書には記されない、マタイの福音書だけに記される出来事です。

さて、この妻の伝言の言葉が記されてたことで、わかることが二つあります。

それは、ピラトが本心ではわかっていたであろう、イエスは正しい人であるというメッセージを、妻の口を通して、ある意味はっきりと聞いたということ。

そしてもう一つは、そのはっきり聞こえてきた、自分自身の心の良心の声ではなく、結局は、群衆の声に従うことを選んでいくのだ、ということです。


では、その「群衆の声」とは神の前に正しい声と言えるものだったでしょうか?


★20節~23節(スライド)

27:20 しかし、祭司長たちや長老たちは、バラバを釈放して、イエスを死刑に処してもらうようにと群衆を説得した。

 27:21 そこで、総督が、「二人のうち、どちらを釈放してほしいのか」と言うと、人々は、「バラバを」と言った。

 27:22 ピラトが、「では、メシアといわれているイエスの方は、どうしたらよいか」と言うと、皆は、「十字架につけろ」と言った。

 27:23 ピラトは、「いったいどんな悪事を働いたというのか」と言ったが、群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と叫び続けた。


その場にいた群衆は、バラバを釈放し、イエスを死刑にすべきであると、祭司長や長老たちに説得をされていたのでした。

ユダヤの指導者たちは、群衆に対して、どうしてそのような説得ができたのでしょう?

バラバという人が、いわゆるユダヤ人を殺したという犯罪人ならば、その男を釈放するようにと、群衆を説得することは、難しいはずです。

しかしこのバラバという男が、ローマに対する暴動をおこした、ローマにとっての犯罪人ならば、むしろ彼は、ユダヤ人にとっての英雄であり、その英雄であるバラバを、釈放するようにと、ユダヤの指導者たちが説得することは、たやすかったはずです。

その理解を裏付けるかのように、16節ではバラバのことを「評判の囚人」と言い表しています。

ユダヤの独立のために、ローマへの暴動を企て、とらえられたという意味で、「評判の囚人」であったとすれば、

祭司長や長老たちは、このユダヤのために戦ったバラバをこそ釈放すべきであって、ユダヤの神殿や指導者たちを批判するような、イエスなど、十字架につけてしまうべきだと、群衆を説得することは、実に簡単なことであっただろうと、想像するのです。


民族主義の前には、善も悪もありません。ただ、自分たちの仲間だ。見方だということだけが問題となってしまう。


この話題をここで語るのは、勇気がいるのですが、先週のWBCの野球の試合で、日本が世界一になったでしょう。

わたしも日本人ですから、嬉しいんですよ。大谷選手は大好きだし、日本チームの雰囲気も、チームワークも本当に素晴らしかった。

ただ、私の友達には、韓国人もいるし、他の国の人もいる。

勝った国があるということは、負けた国があるということを、つい忘れてしまい、

あなたも一緒に喜ぶべきであると、熱狂を押し付けるような、連日の報道には、正直、へきえきとしていたわけです。

そういう熱狂の行きつく先に、今日の聖書の箇所における「群衆」の姿を、思い起こしてしまうからでしょう。


この時のユダヤの群衆たちの目には、バラバこそが民族の英雄であり、イエスユダヤ民族の裏切者とうつっていたにちがいない。

そのように、祭司長、長老たちは群衆を扇動したのです。

そうでなければ、「十字架につけろ」などと、群衆が叫びだすわけがありません。


 戦前は、マスコミが群衆を扇動し、「鬼畜米英」と叫ばせ、戦争に突入していきました。

 ここでイエスではなくバラバを選んだユダヤも、この時から約40年後に、ローマとの無謀の戦争を引き起こし、壊滅的な滅びへの道を歩んでいく歴史を、わたしたちは知っています。


神の真実の声は、人間の熱狂の叫びの中にはなく、むしろ彼の妻がひっそりと語った伝言の中にあった。

しかしピラトは、小さな真実の声ではなく、偽りに扇動された、多数派の声に聞き従っていく。

「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ」と、言い訳をしながら。

 

さて少し聖書からはなれます。

キリスト教は長い歴史の中で、何を信じているのかその信仰の内容を、短く整理した文書を、「信条」という形で、いくつか作ってきました。

その一つに、「使徒信条」と呼ばれるものがあり、教派によっては、礼拝の中で毎週唱えることのある、基本的な信条と言われるものです。
幾つかの翻訳の中から、一つご紹介します。


使徒信条(スライド)

わたしは、天地の造り主(つくりぬし)、全能の父である神を信じます。
わたしは、そのひとり子、わたしたちの主、イエス・キリストを信じます。
主は聖霊によってやどり、おとめマリヤから 生まれ、ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、よみにくだり、三日目に死者のうちからよみがえり、天にのぼられました。そして全能の父である神の右に座しておられます。そこからこられて、生きている者と死んでいる者とをさばかれます。
わたしは、聖霊を信じます。きよい公同の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、からだのよみがえり、永遠(えいえん)のいのちを信じます。
アーメン

( 口語文 「讃美歌21 使徒信条B」より)


このキリスト教の歴史において大切にされてきた「使徒信条」のなかに、イエス・キリスト以外に二人の名前が記されています。

ひとりは母「マリヤ」であり、もう一人は「ポンテオ・ピラト」つまり、総督ピラトです。


「主は聖霊によってやどり、おとめマリヤから 生まれ、ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられ、・・・・」

信条というものは、厳選された短い言葉で、信仰のエッセンスを語るものですから、ある意味しょうがないのですが、マリアから生まれたイエスさまの人生の歩みが、すべて省略されて、マリアの次に「ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け」となっていることについては、もう少し言葉が必要なのではないかと、思わないでもありません。

ただ一方で、なぜイエスさまの受難を語る時に、「ピラト」という実名を、ここに記さなければならなかったのか。そのことの意味はなんなのかと、そのことに関心を抱きます。

 福音書の内容からしても、大祭司、祭司長、長老、律法学者、ファリサイ派などのもとに、苦しみを受けたと告白したほうが、聖書の内容に即しているようにも思うのですが、使徒信条は「ポンテオピラトのもとに苦しみを受け」と記している。

この理由を、ある人は、イエスさまの苦しみには、具体的な日付があったことを示すために、その当時の総督ピラトの名前が記されたのだと、説明します。

神の子が、人の罪を背負って苦しまれたという信仰は、頭の中だけの理屈などではなく、確かに歴史に刻まれた事実として、ピラトが地方総督をしていた時代におこったことなのだ。

この神の救いの出来事が、人間の歴史のなかに確かに起こったしるしとして、ピラトの名が、ここに記されているという説明を聞いたことがあります。

しかし、それでもなお、ピラトでなければならなかったのか? この時の大祭司の名前でもよかったのではないか。あるいは、ローマ皇帝の名前でもよかったのではないかという気もする。

なぜ、ピラトなのか? 

繰り返しになりますが、ピラトは今日の聖書の箇所で、こう言いました。


★24節(スライド)

 27:24 ピラトは、それ以上言っても無駄なばかりか、かえって騒動が起こりそうなのを見て、水を持って来させ、群衆の前で手を洗って言った。「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ。」


そしてユダヤの群衆は、こう答えた。

★25節(スライド)

 27:25 民はこぞって答えた。「その血の責任は、我々と子孫にある。」


しかしなお、使徒信条は「ポンテオピラトのもとに苦しみを受け」と、ピラトの名前を書き記すのは、なぜか?


それは26節

★26節(スライド)

27:26 そこで、ピラトはバラバを釈放し、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。


最終的にイエスさまを死に定める決断をしたのは、ピラトであったからでありましょう。

「わたしには責任がない」と言い逃れできない、最後の選択をしてしまったのは、やはりほかでもない、ピラトだったことを、使徒信条は告げているのでしょう。


彼がこの決断をしたとき、祭司長や長老たちも、群衆たちは、拍手喝さい、大盛り上がりだったかもしれません。

そこにいた、すべての人にとって、このピラトが下した決断は、よい決断だった。
バラバも助かり、ユダヤ教の指導者たちは安堵し、群衆たちは、ローマからユダヤ民族の誇りを勝ち取ったかのように、興奮し、盛り上がって、叫び続けていたことでしょう。

その中心に、ただお一人、神の御心にまっすぐに歩む、主イエスが、鞭うたれておられる。


当時のむちの先には、金属が埋め込まれ、うたれたものの肉をそいでしまう、残酷な刑。


この場所に登場する、イエスさま以外のすべての人間が、自分のした判断は間違っていない。自分には責任などない。これですべてが穏便に丸く収まる。

あの厄介者がいなくなってくれるのだから、と胸を撫でていたであろう、

その人々のそれぞれの思惑の、ただなかで、神の御心を生きるイエスさまは、

ただひたすらに、むち打ちの苦しみに耐えておられる。


わたしたちのために。何も言わずに、ただ、わたしたちの罪をすべて、その身に受け止めてくださるために。


日本人の手で作られ、愛されてきた賛美歌「まぶねの中に」は、主イエスの生涯を歌った讃美歌です。


そしてその3番と4番は、主イエスの受難を見つめて、そこに真実を見抜いた人の、信仰の告白が歌われている。

ご一緒に歌いましょう。


★賛美歌205「まぶねの中に」

3.すべてのものを 与えしすえ
死のほかなにも むくいられで
十字架のうえに あげられつつ
敵をゆるしし この人を見よ

4.この人を見よ この人にぞ
このなき愛は あらわれたる
この人を見よ この人こそ
人となりたる 活ける神なれ

 


祈りましょう。

 

2023年2月19日 主日礼拝メッセージ 詩編121編1節~8節 「とりなしの祈り」

 


●序
 おはようございます。 こんにちは、こんばんは。

 今日も命が守られて、この場所に、あるいはそれぞれの場所から配信でつながり、共に主をみあげる礼拝に、招かれましたことを、主に感謝いたします。

 昨日は、かの国による弾道ミサイルが発射され、不安な時を過ごしました。
わたしのスマフォに、あと数分で着弾予定ですと、通知が来て、「ちょっとまって、あと数分間でどこに逃げればいいの」と、むしろ知らなかった方がいいんじゃないかとさえ思いました。

歴史を変えるような大きな出来事は、ある日突然やってくるものなのだ、ということを、思います。

去年2月24日の、ロシアによるウクライナ軍事侵攻によってあらためて知らされ、また2年前の2月1日の、ミャンマーの軍事クーデターによっても思い知らされ、先日2月6日の、トルコ、シリアの大地震もまた、そういう出来事として、わたしたちは思い知らされているように思います。

なぜ2月にこういう出来事が集中するのか、たまたまなのか、わかりませんけれども、ただわかっているのは、平穏な日々、日常というものは、ある日突然、いとも簡単に奪われることがある、もろいものなのだ、ということであります。

 

さて、2月にはいってから読み始めた旧約聖書の「詩篇」は、そのような意味で、平穏な日常が破壊され、戦争で敵に囲まれた時や、病や死を前にして、神に祈る信仰者の言葉。この世界の不条理を前に、神に思いをぶつけて祈る、信仰者の祈りの言葉に満ち満ちていることの意味を、改めて思うのです。


詩編は、数千年前に記された祈りと賛美の言葉でありますけれども、それは、時代をこえて、今も不安と恐れと隣り合わせに生きる、わたしたちの祈りの言葉。そして、苦難の中で、なお失望せず、歩み続ける忍耐と励ましを与える、祈りの言葉、賛美の言葉であることを、あらためて思うのです。

 

詩編121編について

 さて、先ほど朗読された詩篇121編は、讃美歌で歌われることもある、キリスト者にはよくしられた詩編です。

「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。
わたしの助けはどこから来るのか。」


目の前の山を見上げて、「わたしの助けはどこからくるのか」と問う、印象的な詩編です。


表題では「都に上る歌」という表題がつけられています。

詩篇120編〜134編まで、この「都に上る歌」という表題がついてついている、「都上りの歌」と呼ばれる一連の詩篇になります。

けれども、この詩の内容からは、都、エルサレムに巡礼の旅に上るときの歌なのか、むしろ都会のエルサレムから、田舎の地元に帰っていく際に、途中の厳しい山々を越えていく、危険な旅路をおもいながら、旅の安全を祈ったものなのか、さまざまな想像をすることのできる詩篇です。

バビロン捕囚から解放されたころに、約1000キロ離れた、遠いエルサレムへの巡礼の旅の安全を祈ったのではないか、という説もあります。

はっきりしたことは、だれにもわかりません。


●詩の力

ただ、「歌」や「詩」が生みだされた背景を知ることも、必要ではあると思いますが、

むしろ、その「詩」の言葉に触れたわたしたちが、今、どのような「思い」を抱き、、心の中に「感情」や「情緒」が湧いてくるのかということの方が、大切なことであると思うのです。


著名なイギリスの文学者でキリスト者の、csルイスは、

「詩的な言語は驚くべき力を、様々に発揮する。」といい、、

「詩的な表現は、私たちが体験したことを用いながら、わたしたちの体験の外にある、なにものかを指し示すことができるのだ。」と告げました。(「聖書信仰」藤本満より)


つまりもはや、この「詩編」を歌った古代の人が、どのような不安を体験していたのかをこえて、

 今や驚くほど、科学と医療が発達した現代に生きているはずの、わたしたちであるにもかかわらず、今だ消えない、明日への不安、恐れの現実に、「詩篇」の言葉は、ふかく語りかけてくるのです。


詩編121の証


数年前の話ですが、水曜日のお祈り会に集まった人々で、この詩編121編を読んだことがありました。

そして、それぞれに感想を言い合ったとき、それぞれに、この詩編の思いで、詩篇の言葉の「体験談」をお話しくださいました。

ある方は、お孫さんが、学校を卒業なさるときに、この詩編の言葉を書いて渡されたという証を、語ってくださいました。

特に7節の言葉に、その方の、お孫さんへの思いを重ねて、この詩編を書いたカードをプレゼントなさったのだそうです。

7節
「主がすべての災いを遠ざけて、あなたを見守り
あなたの魂を見守ってくださるように」


きっと、その方もこの言葉によって、励まされ、勇気を得たのだと思います。それゆえに、この力ある言葉を、学生生活を終えて、あらたに、人生の険しい旅へと出発しようとする、お孫さんに、届けたいと思われたのでしょう。


またあるご婦人は、ご自分が、ミッションスクールを卒業した時、校長先生が、筆で一人一人のために、色紙にこの詩編の言葉を書き、手渡してくださったものを、いまだに持っておられると、言われました。

まさに、これから険しい旅に出発せんとする、若者を思い、主の見守りを願う校長先生のその思いを託して、色紙に書かれた、この詩編の言葉が、その後確かに、その方の何十年にもわたる人生を見守りつづけてくださった。

主と共に生きる、信仰の人生を、主にみ守られながら歩んできた、その存在を通して語られる証に、感動したことを覚えています。

 

●「助け」はどこから

もう一度今日の詩編の冒頭の言葉を読んでみます。


「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。
わたしの助けはどこから来るのか。


 この助けを求めて祈り始めた詩人は、目の前の山々を見上げながら、わたしの助けは、どこから来るのかと、問うことから、祈りを始めます。

この詩人が見上げている、パレスチナの山々は、ごつごつとした、厳しい自然の象徴として、イメージされているのだと思いますが、

わたしたちの日本の風土や文化における「山々」とは、だれか人がなくなったなら、その人の霊は山に宿り、そして、その霊は、山から村を見守っていると信じられてきた、聖なる場所が「山々」でした。


その山に宿った先祖の霊は、時が経つうちに、「山の神」となり、干ばつや日照りの時には、村人たちは、山に向かって、助けを求めて祈りを捧げてきたのです。


 この日本人の「山の神」に対する信仰は、縄文時代まで遡ることができます。

やがて平安時代には、「山の神」への信仰が成熟する中で、「修験道」と呼ばれる、山にこもって厳しい修行を行う人々が現れ、その実践者のことを「山伏」と呼ぶようになりました。


「山伏」とは、「山」に「伏」すと書きます。それは、山にある、霊的な力を、受けるために、地面に「伏」すという儀式から、「山伏」と呼ばれるのだそうです。


その意味で、この日本においては、古来から、わたしたちを救う力は、山々からやってくると、信じられてきたのでした。


地震、災害、日照り、飢饉など、自然が人間に対して荒ぶるならば、山の神の怒りをなだめる祈りと、救い、助けを求める祈りが祈られてきたのです。

そして、このような信仰は、昔の話のように思われるでしょうが、実は今も、「山伏」と呼ばれる方々は、実在しているのです。

 

●山伏にであった話

 実は、私は以前、山形の酒田にいた頃、今も存在する「山伏」の方と一緒に、食事をする機会をいただきました。

わたしが住んでいた、山形の庄内地方には、「月山」「羽黒山」「湯殿山」など、山岳信仰で有名な山々がありますが、羽黒山の山頂にある、羽黒神社には、今も山の中で修業をする「山伏」の方がおられ、時々に、山に入って修行をしているのです。

わたしはある時、その山伏の一人「星野さん」という方を囲んで、共に食事をし、貴重な話を聞く機会を得たことがあります。


 初めて会ったときには、星野さんの、ただならぬ風貌と雰囲気に、圧倒されました。その食事の席で、星野さんは、修行で使う、ホラ貝も吹いてくださいました。

 宗教者に、プロもアマもないのですが、「山伏」の風貌といい、雰囲気と言い、修行の内容といい、いつでも普段着の牧師の「私」とは、なんというか、格の違う威厳と言うか、カリスマの雰囲気ただよう「山伏」さんに、圧倒されたわけです。


やはり、厳しい自然の中で、修行を積むと違うものだなあと、感じました。これはかなわないなと。

荒野の中で、いなごと野蜜を食べていた、バプテスマのヨハネは、きっとこういう風貌だったのかもしれないと、思ったわけです。


そして、星野さんの話を聞くと、最近、この「山伏」のところに、修行に来る人が増えているのだといいます。特に若い女性が増えているといわれて、驚きました。

修行をするわけですから、病気や貧困からの救いを求めてやって来ているというよりも、

むしろ、都会の生活につかれ、生きることへの不安であるとか、行き詰まりのなかから、救いを求めて、自然の中、山の中へと、人々は入っていこうとするのではないかと、思ったものです。

特に日本人は、そのような「自然」に対する信仰。自然のなかに、神を求め、救いを求める感性が豊かなのでしょう。


しかし、「山伏」が生まれた、平安時代のころよりも、さらに1000年も2000年も古代に書かれたこの詩編は、驚くべき信仰を告白するのです。


「目をあげて、わたしは山々を仰ぐ
わたしの助けはどこから来るのか」

わたしの助けは来る
天地を造られた主のもとから」


わたしの助け。わたしの救いは、山から来るのでも、自然からやってくるのでもなく、

山も自然も、この宇宙のすべて、天と地を造られた、主のもとから、わたしの助けはやってくるのだ。


山に向かっていくら祈ろうとも、山にこもって、いくら修行しようとも、

わたしの救いは、助けは、山でも、自然でもなく、そのすべてを存在させた、創造主である「神」からしか、やってこない。

この「自然」「宇宙」を造られた創造主への信仰、信頼は、

同時に、「自然」「宇宙」の中にある、あらゆるもの、「人間」であろうと、人間による「科学技術」であろうと「医療技術」であろうと、

それらはすべて、いわゆる「山の神々」にすぎず、わたしたちを救うことはできない。

助け、救うことができるのは、すべてを造られた主である、という「信仰の告白」が、ここにおいてなされているのです。


人間は、人間を助け、救わんとして、豊かさを追い求め、死に打ち勝つために、医療技術を発展させてきましたが、

しかしそれでもなお、この詩編が書かれた3000年前となにも変わることなく、すべての人は、時が来れば死んでいくのです。

「自然」も「宇宙」も、その中に生きている「人間」も「AI」も、

究極的にはわたしたちを助け、救うことのできない、被造物なのであり、

被造物を助け、救う救いは、それを造られた、主のもとからこそ来るのだと、告白するこの詩編121編の、祈りの言葉、信仰の言葉に、

わたしたちは、なににすがり、どなたに助けを、救いを求めているのかと、

問われる思いをいただいているのです。


わたしたちは、今、だれに助けを求め、どのような救いを、期待しているのでしょうか?


今週の教会学校で読まれる聖書の箇所は、イエスさまのたとえ話の一つで、金持ちの畑が豊作で、これから先何年も、この財産で生き延びられると、安心していた金持ちの命が、そのいのちを与えた、神によって取り上げられるという譬え話でした。

エスさまは言われます。「人の命は財産によってどうすることもできないのだ」と。

命を救うのは、そのいのちをつくられたお方。

ゆえに詩編121編は告白するのです。

「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。
わたしの助けはどこから来るのか。
わたしの助けは来る。
天地を造られた主のもとから。」と。


●とりなしの祈り

そうであれば、どれほど山にこもって修行しようと、さまざまな知恵をたくわえ、人生経験を積んだとしても、

どこまでいっても、たんなる被造物に過ぎない、わたしたち人間にとって、

誰かのために、なにかできることがあるとすれば、

それはとりもなおさず、天地を造り、唯一、本当の意味で、救うことができる「主」なる神に、

あの人を、助けてください、見守ってくださいと、祈ることではないでしょうか。

 

詩編121編の3節以下から歌われていく内容は、まさに、誰かのために、主の助けと見守りを祈る、執り成しの祈りとなっています。


3節
「どうか、主があなたを助けて
足がよろめかないようにし
まどろむことなく見守ってくださるように」


厳しい人生の旅路において、時にその歩む足は、よろめくことがある。

よろめき、倒れ、もうこれ以上前に進めないと、失望することがないように、主よ、まどろむことなく、見守ってくださいと、友のために祈る祈りの言葉。


天地を造られた、主の助けを信じて歌う、この詩編は、

主がその力によって、あなたの目の前の試練を、取りのけてくださいとは、祈りません。

そうではなく、その状況においてさえ、あなたの足がよろめかないように、主よ、見守ってくださいと、祈るのです。


天地を造られた神であるのなら、その大いなる力で、直接的に働きかけて、あらゆる災いから、助け救い出して欲しいと、祈ることもできるでしょう。

しかし、この詩編はそうではなく、どのような情況の中であれ、歩み続けるあなたの人生のその足が、よろめかないように、見守ってくださいと祈るのです。


4節~5節

「見よ、イスラエルを見守る方は
まどろむことなく、眠ることもない。

主はあなたを見守る方
あなたを覆う陰、あなたの右にいます方」


主は、わたしたちの人生の旅路に、同伴してくださっている。

わたしたちが起きている時も、眠っている時も、まどろむことなく、眠ることなく見守り、覆い、だれよりも、わたしたちのそばで、共に歩み、同伴してくださっている。


かつてイスラエルの民が、エジプトの奴隷状態から解放され、モーセを先頭に、荒野の旅を続けたときも、

彼らは自分たちだけで、その荒野の旅をしていたのではなく、

主が彼らに先だって進み、昼は雲の柱をもって導き、夜は火の柱をもって彼らを照らされた、主によって、彼らは、自分の足で、昼も夜も、歩み続けることができたのです。


その雲の柱、火の柱は、イスラエルの民から離れることはなかったと、出エジプト記の13章21節に記されています。


このイスラエルの民の救いの体験。主が昼も夜もまどろむことなく、眠ることなく、そばにいて導き続けてくださった、信仰の経験。その歴史を踏まえて、この詩編は告白します。


「あの荒野の旅の時も、主は見守り続け、助けてくださったように、

あなたのその、荒野を旅する人生の、そのそばで、傍らで、主は共に歩み、見守り続けているのだ」と。

その見守りとは、遠くから、ただ、みているという話ではなく、

小さなこどもが、公園で遊ぶのを、そばで見守る、お母さんのように、

こどもたちに、なにか危ないことが起こったならば、命がけで、危険から守る覚悟と、眼差しで、

神の子どもたちを、みまもっていている。

天の親の見守りであります。


6節~7節
「昼、太陽はあなたを打つことがなく
夜、月もあなたを撃つことがない」

「主がすべての災いを遠ざけて
あなたを見守り
あなたの魂を見守ってくださるように」


この祈りの言葉は、主イエスが教えてくださった、主の祈りの最後にある、

「我らを試みにあわせず、悪より救い、いだしたまえ」という祈りを思い起こさせます。


この祈りを教えられた、主イエスの弟子たちの人生も、決して平坦な歩みではなく、やがて、迫害に次ぐ迫害という、過酷な旅路になっていくわけですが、

十字架に死なれ、復活したイエス・キリストもまた、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と、弟子たちに、そしてわたしたちに、約束してくださったのです。


昼は雲の柱、夜は火の柱となり、弟子たちを導き、支え、見守ってくださった神は、今や、復活のキリストとして、目に見えないキリストの霊、聖霊として、わたしたちと共にあり、わたしたちの内にあり、私たちを見守り、助け、導いてくださっている。


 その主の伴いと、見守りがあったからこそ、今日もわたしたちは、生かされて、ここに集い、主を見上げて、礼拝を捧げているのではないでしょうか?


 今、戦争、地震、災害、ありとあらゆる苦難を前にして、祈ってみても、何になるのだろうかと、祈りを妨げ、むなしく思わせる、誘惑にあらがって、


わたしたちは、本当の意味で、この世界を助け、救うことのできる、天地を造られた主に、

友を覚えて、愛する人を覚えて、困難の中にいる人々を覚えて、主の助けと見守りがありますようにと、祈り続けようではありませんか。

「神の課題解決の仕方」(2022年6月19日週報巻頭言)

 毎年6月23日の「沖縄慰霊の日」にあわせて、「沖縄に負わせてしまっている、わたしたちの課題」を覚えて祈る時として、バプテスト女性連合が「命どぅ宝の日」を推進してくださっています。
 「沖縄に負わせてしまっている、わたしたちの課題」とは、まず日本国土面積の0.6%に満たない沖縄県内に、全国の約70.3%の在日米軍専用施設・区域が集中している状況を指しています。
 また「日米地位協定」により、米軍による事故や事件に、日本の法律は適用されないという、事実上の「治外法権」により、被害を受けた住民の方々が泣き寝入りをさせられています。
これも「沖縄の課題」である前に、「在日米軍基地」と「日米地位協定」について、主権者であるわたしたちはどうしたいのかを考え、選挙という民主的な手続きを行使して、解決していくべき「わたしたちの課題」のはずです。
 さて主イエスが活動された当時のユダヤは、世界の覇者ローマに占領支配された属国状態でした。ローマに反抗しない限りにおいて、属国には自治が認められていました。ゆえにユダヤの指導者層は、実質ローマの傀儡でもありました。
ローマへの反抗を企てる者が、「我こそがメシアである」と民衆を扇動し、反乱を起こして捕らえられると、見せしめのために十字架刑に処されました。その状況の中で、主イエスもまた、弟子たちと民衆から、そのような「メシア」として、力による課題解決を期待されました。
 ところが権力者たちが武器を持ってイエスを捕らえに来たとき、戦おうとする弟子たちに主は「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる」と制止し、ご自分だけが捕らえられて「十字架」に架けられ、弟子は逃げ去り、課題解決は実現しなかったのです。
 しかしそれから約300年の時が経ち、剣によって世界を支配していたローマは、剣を取らずに十字架に架かられたイエスを、主と崇める国となります。そして「剣を取る者は皆、剣で滅びる」と主が言われた通り、ローマ帝国は分裂、崩壊したのです。
「キリストの十字架」。これこそ、神の課題解決の仕方でした。
「・・このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。」(ガラテヤ6章14節)