プーチンとロシア正教 国と宗教の狭間で

 ロシア正教会のキリル総主教が、ロシアによるウクライナ侵攻を肯定していることが、他の正教会カトリックプロテスタント諸教会を困惑させ続けています。

 そもそも正教会とは英語では「オーソドックスチャーチ」となります。その言葉には、伝統的で正統なキリスト教というニュアンスが込められています。また正教会は「東方教会」とか「東方キリスト教」と呼ばれることがあります。それはローマカトリックプロテスタント諸教会が西ヨーロッパを中心に広がったのに対し、正教会は、ギリシャ、東欧、ロシアなど東方へと広がったからです。また「ギリシャ正教」と呼ばれることもあります。それは正教会が育った土壌が「ギリシャ文化」であったからです。

 正教会は、それぞれの国に伝道され、発展していく過程において、その国の文化を取り込み、独立していきました。独立した一つ一つの国の正教会には、「主教」が立てられ、その国の正教会全体を司ります。ですから一般的には正教会は、その国の名前を頭につけて呼ばれています。ロシアでは「ロシア正教会」、アメリカでは「アメリカ正教会」、そして日本では「日本正教会」となります。この「国」「民族」という概念と、「教会」が密接に結びついているのが、「正教会」の特徴でもあります。

 

 実はウクライナの国民は、7割が正教会の信者と言われています。ウクライナ正教会の構図は非常に複雑で、「ロシア正教会」傘下の教会と、2019年に独立を果たした「ウクライナ正教会」。さらに正教の教えに従いながらバチカンカトリック)に仕える「東方カトリック教会」の三つの流れがあります。

 特に2019年の「ウクライナ正教会」の独立に際しては、「ロシア正教会」が激しく反発し、プーチン大統領が「危機的な結果をもたらすことになる」と警告したと言われます。

 プーチンはかつて「宗教と核の盾がロシアを強国にし、国内外での安全を保障する要だ」と語りました。自由・民主主義を柱とする欧米の価値観に対して、専制体制を敷くプーチンは、ロシアの精神的な支柱として「ロシア正教会」を後押しし、政権の求心力にするために、自ら頻繁に教会に姿を見せ、復活祭は政権幹部が揃ってモスクワの教会で祝うことさえしてきました。プーチンウクライナベラルーシを「ロシアと一つの民」と呼び、ロシアの勢力圏として正当化する時に使う「ロシア世界」という考え方は、正教会のつながりを根拠にしていると言われます。2021年7月にロシア語とウクライナ語、英語で発表した長大な論文の中で、プーチンはこう強調します。

「ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人はみなルーシの子孫であり、一つの言語、そして正教会の信仰で結びついている。ウラジーミル公の精神的な選択がいまも我々の親密な関係を決定付けているのだ」

 プーチンがこの思想のもとに、今回のウクライナ侵攻を決断したのだとすれば、この戦争には教会の信仰が深く関わっていることになり、同じキリスト者として、私たちの信仰もまた、問われなければならないのではないかと、思わせられているのです。

 ひるがえって、宗教と国家が結びつくことの危険性を、かつてこの日本は痛いほど学んだことを思い起こします。天皇を現人神に祭り上げ、政治権力と結びついた「国家神道」により国民は束ねられ、「我々は選ばれた神の国である」と八紘一宇(「全世界を一つの家にすること」)のスローガンのもと、アジアへ侵略し、壊滅的な敗戦を迎えた歴史を改めて思い起こすのです。

 神への信仰が、力と繁栄を求めるものとなり、結果として国と結託するなら「神のみ名が汚され」ます。ゆえに私たちは「剣を持つものは剣によって滅びる」と言われた主イエスのみ言葉にこそ従い、力による自国のみの平和ではなく「国を越えた普遍的な平和」をこそ、祈り求めるものでありたいと願うのです。