コミュニティーの宝を一番の優先事項に

shuichifujii2013-01-24

 今、改築中の亀城小学校の敷地内に、新たにコミュニティーセンターを建設する計画があって、今日はその件を議題にした小学校のPTAの臨時総会に出席しました

その案件について、総会の参加者の総意として、小学校の敷地内のコミュニティーセンター建設に反対の決議をいたしました。

議論の過程で、わたしも学校敷地内の建築について、反対の意見を表明。

論点は単純明快です。改築後に二つの小学校が統合し、子どもたちの人数が大幅に増えるにも関わらず、いまでも手狭である学校の敷地を減らす敷地内コミュニティー建設に反対。それだけです。


いろいろな意見はあるでしょう。コミュニティーセンターを学校の敷地内に作りたい方々の思いや、経済的な都合もわからないではありません。実際、学校と隣接してコミュニティーセンターがあることの、防災上の利点もあるでしょう。


ただ大切なことは、地域として何を一番大事なこととして選びとるか、ということです。コミュニティーセンターの建築を望む立場の人も、PTAの立場の人も、自分たちにとっての利益を最優先に考えているなら、互いの利害が衝突するだけで、議論は先に進みません。


PTAが敷地内建築を反対する動機や理由が、ただ自分の子どものため、自分のこどもが心配だ、ということなら、建築を望む方々と、一つの合意を得ることは困難でしょう。

しかし、そもそもコミュニティーセンターとは、特定の個人や団体の利益のためではなく、地域社会全体、まさにコミュニティーがコミュニティーとして豊かになっていくための入れ物なのです。

コミュニティーセンター建設を望む方々も、小学校PTAも同じ地域社会のメンバー。その意味では利害は一致しているのです。


 その地域社会、コミュニティーが豊かになるために選びとるべき大切なことはなんなのか。優先順位は何なのか。コミュニティーの宝であるこどもたち。6歳〜12歳という、まだ未熟でまわりの環境から大きく影響を受ける子どもたちの教育環境を犠牲にしてまでも、『コミュニティー』センターという入れ物を建てることが、選びとるべき最優先事項なのか。

 一度建ててしまったら、この先何十年も、このコミュニティーで育つ子どもたちは、狭いグラウンドで、大切な大切な小学生時代をおくることになります。

 そのような環境を押し付けられたこどもたちが、自分の育っていくコミュニティーを愛し、大切にしたいと願う人へと育ってくれるのでしょうか。

 コミュニティーの宝である子どもたちの教育環境を犠牲にして建築されようとする『コミュニティー』センターの皮肉さ、その矛盾に気がついてほしい、と思う今日この頃なのです。


過去記事ですが、こちらも参考に
http://d.hatena.ne.jp/shuichifujii/20121121#p1