「祈れば変る世界がある」

12月14日祈祷会
列王記下20章1節〜6節より

 今日は、午前と午後に、幼稚園のページェントがありまして、午前中、わたしはサンタクロースをさせて頂きまして、午後は、わが子が出演したものですから、お父さんをさせていただきました。
 子どもたちは前を向いて、前の方の席にすわるのですけれども、一生懸命後ろを振り向いて、きょろきょろ親を捜すのですね。そして、親を見つけますと、ホッとした顔をして、落ち着いて前を向いて、演技をしたわけでした。
 親のまなざしを見つけて、ホッとする。それは、天の父のまなざしを見つけてホッとする、そんなクリスチャンの姿にだぶります。そして、神のまなざしを探すこと、それは祈りなのだろうと思います。

 祈祷会では毎週、旧約聖書から人物を学んでいます。今日は、ユダの王、ヒゼキヤです。この、ヒゼキヤは祈りの人であったとわたしは思います。彼は若干25歳で王になり、29年間ユダの王でありました。彼は、エルサレムから、偶像を取り除いて、人々を神に立ち返らせた、信仰的な王として、評価を得ています。

 聖書は、このヒゼキヤについては、大きく二つの出来事のみを記します。一つは、アッシリアが、攻めてきた時の出来事で、もう一つは、彼の病気が癒されたときの出来事であります。

 まず、アッシリアが攻めてきた時の事は、18章の後半から記されています。この時、北イスラエルは、アッシリアに滅ぼされておりました。しかし、南ユダは、アッシリアに貢ぎ物を納めるなど、従属していたので、攻められることは無かったわけですが、ヒゼキヤが王になって、やはり信仰的に言っても、アッシリアからは解放されるべきだと考えたことと、エジプトの後押しもあって、ヒゼキヤはアッシリアへの貢ぎ物をやめてしまいます。

 ところが、それでアッシリアが怒って攻めてきますと、ヒゼキヤは、恐れて、アッシリアに謝罪したとあります。このあたりは、ヒゼキヤのもろさが、あらわれていますけれども、当初は、貢ぎ物によってやり過ごそうとしたが、そうはいきませんでした。

 結局アッシリアは、ユダを占領しようと、ラブ・シャケという高官を、ユダに遣わします。このラブ・シャケという人は、ユダヤの人々に向かって、ヒゼキヤのいうことなど信頼するなと、語りかけます。つまり、心理作戦に出るわけです。主が必ず救い出してくださるなどとヒゼキヤは言っているが、周りの国々を見ろ、北イスラエルを見ろ、みんな滅ぼされたではないか。ヒゼキヤのいうことなど聞かず、おとなしく降伏するなら、おまえ達の命は助けてやろうと、そのようなことを言って、民の心をくじこうといたしました。

 今までどの国の神様が、アッシリアから救ってくれたかと、ラブシャケは言います。

 彼が語っているのは、つまり、神とは、弱いものではなく、強いものと共にいるのだ。負けたものではなく、勝利するもの共に神はおられるのではないのかという、ある意味、そういう信仰のチャレンジ、また、問いであったわけです。

 なぜ人が偶像礼拝に走るのかというなら、それはある意味、自分が強くありたい、大きくありたいという願望が偶像に現れるわけであります。まことの神を見失うと人は、その不安ゆえに、目に見える強さや力強さ、大きさを求め、すがるようになる。

 しかし、聖書が教えているのは、神は、ご自分を、目に見える力のなかではなく、信仰のなかに表わされるということであります。

 目に見える力のなかに、神の栄光が現れるのではなく、信仰のなかに、神はご自分の栄光を表わしてこられたのでありました。イスラエルの民に神が現れてくださったのも、彼らが強い民だったからではなく、反対に、彼らが小さく弱い民であり、主にすがったからであると聖書は教えます。

 その反対に、イスラエルが神を見失っていく原因は、彼らが力を求め、偶像に走ったからです。力の中に神を求めたからでした。ヒゼキヤは、その偶像を取り除き、まことの神に立ち返ろうとした王なのであります。そして、まさにその信仰の内実が問われるようなチャレンジを、彼は受けたのであります。

 このラブシャケの言葉を伝え聞いたヒゼキヤは、衣を引き裂き、恐れを表わします。ヒゼキヤは恐れるのであります。神を信じていても、恐れる。いや、目に見えない神を信じるからこそ、この世の力のまえに、恐れを感じることがあるのではないでしょうか。イエスさまが、ゲッセマネで、必死に祈らなければならなかったのは、神を信じていなかったからではなく、神に全く信頼していたからこそであります。かえって、弟子たちは、自分の力を信じて、ぐっすり寝ていたのであります。神を信じるからこそ、不安を感じる時がある。ゆえに、祈らなければやっていけないときがあるわけであります。
 それはこのヒゼキヤもそうでありました。彼は、神殿にのぼり、こう祈ったと記されています。

19章15節〜
「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、主よ。あなただけが地上のすべての王国の神であり、あなたこそ天と地をお造りになった方です。
主よ、耳を傾けて聞いてください。主よ、目を開いて御覧ください。生ける神をののしるために人を遣わしてきたセンナケリブの言葉を聞いてください。
主よ、確かにアッシリアの王たちは諸国とその国土を荒らし、
その神々を火に投げ込みましたが、それらは神ではなく、木や石であって、人間が手で造ったものにすぎません。彼らはこれを滅ぼしてしまいました。
わたしたちの神、主よ、どうか今わたしたちを彼の手から救い、地上のすべての王国が、あなただけが主なる神であることを知るに至らせてください。」

 これはまさに、ヒゼキヤの主に対する叫びのような祈りであります。人間が木や石で作った神ではない、天地の造られた主よ。あなただけが本当の神であることを人々が知るために、あなたに依り頼むわたしたちを救ってくださいという、信仰の祈りをヒゼキヤは祈ります。ただ、人間の力に対して、神の力を示してほしいという祈りではなく、神が神であることを人々が知るために、神の栄光を表わしてくださいという祈り。であります。

 この祈りを、主は聞かれ、主の御使いによってアッシリアの兵士18万5千人が打たれ、アッシリアは退却していったという、そのような出来事が記されています。

 この出来事の中心は、まさにヒゼキヤの主に対する叫び。祈りであります。祈りこそが中心でありました。

 さて、ヒゼキヤについて、聖書はもう一つ出来事を記します。それは、20章にあります、ヒゼキヤの病気が癒されるという出来事であります。

20:1 そのころ、ヒゼキヤは死の病にかかった。預言者、アモツの子イザヤが訪ねて来て、「主はこう言われる。『あなたは死ぬことになっていて、命はないのだから、家族に遺言をしなさい』」と言った。

ということであります。このとき、ヒゼキヤは39歳であります。25歳で即位して、14年目ですから39歳。実は、わたしと同じ年齢になるのですね。39歳で死の病にかかる。ある人はこういうかもしれません。いくつであろうと、クリスチャンはもうすでに永遠の命があるのだから、ガンになろうが、じたばたすることはない。ガンになってじたばたするなんて、信仰が弱い。悟っていない。そういう人もいるでしょう。実際、ある有名な牧師は、病の癒しは祈らないと言います。なぜなら、たとえ癒されたとしても、肉体はいつか朽ちるではないか。また、病気になって死ぬではないか。だから、じたばたして、癒しなど祈らなくてもいい、という、そういう考えの方もおられると聞いたことがあります。

 どうせ人間いつかは死ぬのだから、この肉体は滅びるのだから、だから、病の癒しなど祈らないくていいという考えに対しては、いろいろな聖書箇所から反論することが出来ますけれども、このヒゼキヤの癒しの出来事も、その一つだとわたしは思っているわけであります。

 39歳で死の病にかかったヒゼキヤのところに預言者イザヤが訪ねてきて、病気でうちひしがれている彼に、追い打ちをするように、あなたは死ぬことになっていると、イザヤは主の御言葉を告げたわけであります。

 病気の苦しみの上に、もし、医者から、あなたの余命は後わずかです、遺言しておいてください、と言われたなら、どんな人でも、落ち込むでしょう。しかも、ヒゼキヤにとっては、信頼し委ね、勝利を与えてくださった主が、そういわれるのですから、深く落ち込んで、あきらめの境地に至るしかないと、いうものであります。

 しかし、ここでヒゼキヤはあきらめませんでした。「ああ、主がそういわれるのですか。では仕方がありません」とも言わなかった。

2節
「ヒゼキヤは顔を壁に向けて、主にこう祈った。 「ああ、主よ、わたしがまことを尽くし、ひたむきな心をもって御前を歩み、御目にかなう善いことを行ってきたことを思い起こしてください。」こう言って、ヒゼキヤは涙を流して大いに泣いた。

のでありました。涙を流して、必死に主に懇願した。祈ったのであります。主の宣告を受けても、ヒゼキヤは、最後まであきらめずに、祈った。涙を流して、懇願した。じたばたしたのであります。彼はかっこつけて、悟ったふりなどしませんでした。まだ、死にたくありません。助けてくださいと泣いて祈ったのであります。ゲッセマネの園でイエスさまが、できればこの盃を取りのけてくださいと、涙ながらに祈ったように、ヒゼキヤは祈りに祈った。

そして、主は、その祈りを聞き、彼を癒し、15年命を延ばしてくださったのでありました。

 フォーサイスは、粘り強い祈りこそが、神の喜ばれる祈りであると言いました。パンを求めて、夜中に友達の家のドアをたたき続けた人のように、執拗に求め続ける祈りをしなさいと、イエスさまも教えてくださったのでした。

 ある人はでも言うかもしれません。イエスさまは、異邦人のようにぐだぐだと同じ事を祈らなくていい。父なる神は、わたしたちが求めるまえに、その求めを知っていてくださるのだからと、そういわれたではないか。なんどもしつこく祈る必要などないのではないかと、そういう人もいるかもしれません。

 しかし、異邦人の祈りと、わたしたちの祈りは本質的にちがいます。異邦人は、神がどういうお方かわからないから、くどくどと祈るのに対して、わたしたちの祈りは、天の父がよく知っていてくださるからこそ粘り強く祈る祈り。父が聞いていてくださるからこそ、粘り強く祈る、神の子の祈り。

 父は子の祈りに耳を傾けてくださると信じるからこそ、執拗に、何度も祈るのであります。あのアブラハムは、神さまのご人格を信じるからこそ、ソドムとゴモラを滅ぼすと言われたとき、あきらめずに、50人の正しい人がいても滅ぼすのですか、40人でも、いや、30人でもと、何度も何度も祈りました。そして、神さまはその祈りに答えて、10人正しい人がいたなら滅ぼさないといわれたのでありました。

 ソドムとゴモラを裁かれる神の御旨は変えられないとしても、神の意向は、またプロセスは、祈りによって変えていただけるのだという、よい例であると思います。

 ヒゼキヤが死なねばならないという神の定めは変わらないとしても、そこに至るプロセス、神の意向は、祈りによって変えてくださる。
 だからこそ、聖書は熱心に祈るように教えるのであって、もし、祈ってもなにもかわらないというなら、どうして、熱心に祈る意味があるでしょうか。祈れば変る世界があるから、聖書は、いたるところで、わたしたちに、熱心に、倦むことなく、祈り続けよと教えるのであろうと思います。

 そして、そういう切なる祈りによって、神の栄光が現れる。

 20章6節で、「わたしはあなたの寿命を15年延ばし、アッシリアの手からあなたとこの都を救い出す。わたしはわたし自身のために、わが僕ダビデのために、この都を守り抜く」とあるように、主はヒゼキヤのためというよりも、主ご自身の栄光のために、ヒゼキヤの祈りに答えてくださるのであります。

 このヒゼキヤの祈りの姿勢を、わたしたちも学びたいと、そう思います。

 天の父への祈りは、決してむなしく地に落ちることはない。不安を感じている子どもが、親のまなざしを探し求めるように、わたしたちも父なる神のまなざしを求めて、祈り続けていくものでありたいと思います。安易に、目に見える力にたよって、不安から解放されるのではなく、不安だからこそ祈るものでありたい。神を信じるからこそ襲ってくる不安。その不安のなかで、父なる神の愛のまなざしを求めて、愛を信じて祈りつづけていきたいのであります。その時、主は、ヒゼキヤにしてくださったように、祈りを通して、神の栄光を表わしてくださると、そう信じるからであります。