心の目が開くとわかってくること

shuichifujii2008-07-27

 今日はYちゃんとOさんは近くの教会のゴスペルコンサート出演のため、そちらの教会で礼拝。ユキティさんは木曜日から仙台に御用。なのでTさんご夫妻と、先週から来てくださるようになったIさんとともに礼拝。


 礼拝の証の時間のなかで、Tさんは不思議に教会に導かれた時の証をお話してくださったり、不思議に必要なものが備えられた証をしてくださいました。また、Tさんの奥さまからは、最近、ご主人と一緒に9日に予定しているバーベキューの準備を進めるなかで、今まで夫婦でこんなにひとつのことに一緒になってやったことはなかった。「バーベキューさまさまです」というお話。話を聞きながら、神様の祝福だなぁ、とつくづく思いました。


 Iさんもとても興味深そうに聞いてくださり、うれしかったです。
Iさんもこうして教会にきたことの中に、「神様の導き」を感じておられるご様子でした。すごいことですね。主に感謝いたします。


 夜、家族で外出したついでに、Oさんのところに週報を届けて帰る途中で大雨。雷。

 家の駐車場についても、雨が小降りになるまで、みんなで車の中にいました。これもまた、良い思い出です。


 一つ一つの出来事を、「神不在ゆえに、意味のない偶然の連続」と捉えるなら、生きることがむなしくなります。そうではなく、出来事の中に、わたしたちを造り、愛し、導いてくださっている、神の摂理を見る、心の目が開かれていくなら、わたしたちの人生から希望は失われないでしょうね。


 心の目がひらかれていきますように。


「どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、 心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。
また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。」
新約聖書エフェソの信徒への手紙1章17節以下)