結婚15年経って思う

shuichifujii2014-08-19


 「夫は自分の体のように妻を愛さなくてはなりません。妻を愛する人は、自分自身を愛しているのです。」という言葉が聖書のなかにあるんです(エフェソ5章28節〜)。

 つまり、夫婦はただの同居人じゃなくて、もはや一人の人のように繋がっているのだから、妻を大事にしない夫は、自分で自分を大事にしていないのだ、ということです。


 わたしたち夫婦は8月が結婚記念日で、今年で結婚15年になりました。


 最近あらためて感じるのは、私は妻と一緒に生きているからこそ、自分らしく生かされている、という思いです。

 それは、2人の人が、それぞれ自分の意思の力で、一緒に助け合って生きていくとか、分かりあおうとしているとか、そういう話ではないんです。

 そうではなくて、自分の意思の力とか努力を越えたところで、結局繋げられているという感覚を深くしているということです。

 なので、「15年も一緒にいれば、お互い丸くなって、いつも仲良くしていられるようになりました」という話ではないのです。

 むしろ、たとえばわたしが心ない言葉で、妻を苦しめてしまう時、それが結局は、自分自身を苦しめていくという「繋がっているという感覚」が、15年という結婚生活の歳月を経て、より実感として感じられるようになったということです。

 最初の聖書の言葉は、こう続きます。

 「わが身を憎んだ人は一人もおらず、かえって、キリストが教会になさったように、わが身を養い、いたわるものです。わたしたちは、キリストの体の一部なのです。それゆえ、人は父と母を離れてその妻を結ばれ、2人は一体となる。この神秘は偉大です」


 自分が選んだとか、子どものためにとか、経済的理由とか、そういう人間の意思や感情を越えて、すでに偉大な存在によって一つにされていることに、気づかされていくプロセスのことを、結婚生活というのでしょう。