主の山に備えあり

 今日は市内の教会の合同のお祈り会(朝祷会)。朝6時から。

 子どもたちは夏休みなので、全員で参加。お祈り会が終わって、朝食をいただき、牧師たちは9月の常盤台教会を迎えて行うコンサートの打ち合わせ。

 これまでも、いろいろと細かいことを調整してきましたが、ひとつ大きな課題となっていたのは、会場となるホールには、アップライトのピアノしかなく、しかも舞台うらの倉庫から舞台に移動する台車もなく、引きずると床が傷つくので、どのように移動したらいいか、と困っていたわけでした。

 ところが、今日、ホールに電話をしてみたら、過日、グランドピアノが入った、というではありませんか。しかも移動するためのキャスター付きで。

 うーん、なんというタイミングなのだろうか。

 まるで、わたしたちのコンサートのために、主が備えてくださったとしか思えません。ハレルヤ

創世記22章13節〜

アブラハムは目を凝らして見回した。すると、後ろの木の茂みに一匹の雄羊が角をとられていた。アブラハムは行ってその雄羊を捕まえ、息子の代わりに焼き尽くす献げ物としてささげた。

アブラハムはその場所をヤーウェ・イルエ(主は備えてくださる)と名付けた。そこで、人々は今日でも「主の山に、備えあり(イエラエ)」と言っている。」