「普段通り」も大切にしたい

 そうだなぁ、と思います。

日本経済新聞 3月28日Web版より

 東日本大震災の後、催し物を中止したり延期したりする動きが全国で広がっている。一方で、こんな時こそ普段通りに、と考える人々もいる。被災者を支援しようという気持ちは同じだ。過度な自粛の必要はあるだろうか。さまざまな形で気持ちが表現できる社会でありたい。

 戦後、日本がこれほどの災害に見舞われたことはない。国全体でまず考えなければならないのは、被災者、被災地のことだ。

 被災地以外でも、施設が避難所になったり計画停電で不自由な生活を強いられたりする地域がある。文化、スポーツなどの行事がそうした事情を最優先するのは当然だろう。「楽しむ気分ではないし被災者に申し訳ない」という心情も理解できる。

 ただ、復興への道は険しい。被災しなかった人も含め、一人ひとりが息の長い戦いを覚悟せねばならない。心身の健康のためにも、経済への影響を小さくするためにも、普段通りのことも大切になる。

 右往左往したプロ野球が、結局4月12日のセパ両リーグ同時開幕と今週末の慈善試合開催を決めた。納得できる結論だ。節電のために西日本の地方球場での公式戦を増やせば、ファンを増やすことにもなろう。

 定期演奏会ができなくなった仙台フィルハーモニー管弦楽団は、先週末から被災地での「復興コンサート」を始めた。東京・上野で開催中の「東京・春・音楽祭」は期間を短縮したが、演奏会を続けている。

 一方で、首都圏を中心に4月の入学式や入社式などの中止・延期が次々決まっている。「被災地への配慮」という理由も分かるし、停電などやむを得ぬ事情もある。

 しかし、単なる横並び意識や、上から「自粛」を押しつけるような傾向があるとすれば、好ましくない。「自粛しなければおかしい」という風潮につながりかねないからだ。

 日本赤十字社などには、阪神大震災を上回る過去最高のペースで義援金が集まっている。力になりたいと考える人がいかに多いかの表れだ。

 被災者、被災地のために何ができるか、さまざまな意見がある。それぞれができることをし、異なる考えも認め合う。復興には、そんな寛容な社会が欠かせない。