どちらも信仰なのだから

 「神がおられる」と信じるのは信仰ですけれども、実は、「神がいない」というのも信仰なんですね。
神の存在も非存在も、人間の理性や認識によって証明することはできませんから、これは、信仰の問題であるわけです。「おられる」のか「おられない」のか。全ての人は、どちらかを「信仰」しているわけです。その中間はありえないですね。


 ある人は、「創造主がおられて、この世界もわたし自身も、意味と目的をもって造られた」と信じているし、ある人は、「創造主などいないので、この世界もわたし自身も、意味も目的もなく存在している」と信じているわけです。どちらも信仰なら、神を信じていきいきと生きていけたらいいですね。