明日の週報巻頭言

 今週の水曜日の午後、妻とHAさんが教会の花壇を綺麗に整えてくださり、夕方にはHKさんがやってきて、礼拝堂を新しい花で飾ってくださいました。ありがとうございます。

 教会が美しい花で飾られると、とても気持ちがいいですね。その気持ちよさは、造花では味わえない気持ちよさ。手入れが必要でいつかは散ってしまう生きた花で飾るからこそ、その活き活きした美しさにふれ、感動と喜びを味わうことができるのです。

 わたしたちの地上の人生は、神さまによって植えられた花のようなもの。いつかは散っていく限りある命であるからこそ、価値ある美しい命の花を咲かせて生きる。
 一人の人の人生も、そして、この世界も始まりがあり、終わりがあるからこそ、二度とこない今日を生きる価値と美しさがあるのです。
 ペトロの手紙の中には「万物の終わりが迫っています。だから、思慮深くふるまい、身を慎んで、よく祈りなさい。」という言葉があります。
 終わりがあるからこそ、繰り返せない今という時を大切に、神さまの御心と一つになるためによく祈りたい。

 そしてペトロの手紙はこう言います。「何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです」 

 ある人が友人を食卓に招きました。ところがその友人はうっかりしてその家の高価で大切なワイングラスを、手を滑らせ割ってしまったのです。
 ところがその人は一言も怒るどころか、その友人の目の前で自分が持っていたワイングラスを割ったのです。高価なワイングラスよりも、あなたのほうが大切だと、伝えるためです。罪や失敗を責めて関係を壊すより、愛によって罪を覆う。わたしたちの罪を責めることなく、十字架の愛で覆ってまで、私たちと共にいてくださるイエスさまの愛。この愛を受けたわたしたちは、この美しい愛の花を咲かせて一度きりの地上の人生を生きていきましょう。永遠の御国を希望しつつ