平安

 義理の父の容態がおもわしくないこともあり、今日、妻と勇希は再び東京に向かいました。

 日曜日は礼拝、月曜、火曜は英語教室があるので、わたしは週末だけ東京にトンボ帰りするかもしれません。



 さて妻は数日前、「わたしのために、お祈りした?」と聞いてきました。「うーん、したかなぁ」と応えると妻は、「だれかがわたしのためにお祈りしてくれたみたい」と言います。


彼女は、不思議に心が平安になった、というのです。


 義父もやがては天の御国にいくということが、頭の中だけの理解から、心にストンと落ちたようなことをいっていました。


たしかにその後、目に見えて彼女は元気になっています。神の下さる平安は、力です。


「しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってつかわされる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、またわたしが話しておいたことを、ことごとく思い起させるであろう。わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな。」新約聖書 ヨハネによる福音書14章26節〜)